2007年06月14日

紫陽花が語ってくれたこと。

シトシトと、しっとりとした優しい雨がふる中、
傘をさして仕事に行く途中、私の足を立ち止まらせた
キレイなピンクの花、紫陽花。
*紫陽花*
活き活きとした緑の葉っぱや
優しいピンク色した花びらにポツポツと
飾られたラインストーンのような雨粒を
しばらくの間みつめていました。

季節は変わり、周りの景色も春から夏へと
移り行くことを、空や雲や草木や花や風や・・・
自然はいつも謙虚なまでに黙ったまま
季節の風景をこんな街の中にでも
見せてくれている。
それに気付くか気付かないかは私達自身の魂で
今朝、通勤途中に足を止め、ピンクの紫陽花を
みつめながら、見て、聞いて、触れることで
何かを『感じる』そいうことがきっと
『生きている証』なんだと改めて思いました。

今から約4ヶ月前の私は、何を見ても聞いても
何も感じられなくなっていた。
むしろ何かを感じることすら辛かった。
あの頃の私は、この世に存在はしていたものの
「生きてはいなかったんだよ」と、
今朝の小雨の振る中で出逢った紫陽花が
語ってくれたようでした。

明日は何に出会い、何に振れ、何と語り
何を感じるのかな・・・。

明日もちゃんと『生きれますように』・・・。
posted by 可憐 at 22:52| Comment(2) | いろいろなこと。
この記事へのコメント
過ぎていく時間のなかで
自分のなかの何かがうもれそうになったとき、

こんな風に少しでも感じることができたこと
happy なことだよね。
こころが何も見えなく真っ暗になる日もある
けれど、気がついたとき。どれほど日々の
風景が優しいものか、綺麗なものか気づけて、
ただひとりで「しあわせだな」って思える
ときがあるね。

だいじょうぶ。
雨の日は、きっと花が綺麗に咲いてくれてる
から、そしてきっと誰かが手をつないでくれ
るから。

・・・って信じてる。願いたい^^
Posted by miho at 2007年06月19日 22:53
■mihoちゃんへ■
本当にそう。
そういうささやかな喜びを沢山
感じられるこがきっと本当の
幸せなんだと思うんだ。

でも、心が病んでしまうと
キレイ*とか、カワイイ*とか、
オイシイ*とか、ウレシイ*とか・・・
ちっとも感じれなくなるどころか

カナシイとか、クルシイとか
サミシイとか、ツライとか・・・
そんな風な感情しか感じれなくなるの。
なってみて初めて知った。

もっと生きたいのに生きられない病気も辛いけど
もう生きていくのが辛くて辛くて仕方がないのに
生きていかなくちゃいけない・・・
心がそんな風になってしまう病気も
物凄くツライ。

だから、今は薬のお陰でまた
キレイ*とか、カワイイ*とか、
オイシイ*とか、ウレシイ*とか・・・
感じられるようになれたことが嬉しくて・・・
あんな恐ろしい心の病気になったからこそ
わかったこと。

今は私のこの『手』を優しく握ってくれる人を探してる。
まだまだサミシイ気持ちは続いてるけど
mihoちゃんの言うとおり
いつかきっと・・・・

信じたい。
願いたい。

ありがとう^^

Posted by カレン* at 2007年06月22日 12:28
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